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快適生活研究所情報 2018年9月号

経営姿勢:当社は「いのち」と「こころ」を大切にする経営に徹します

経営理念:信頼のネットワーク、人に優しい天然素材で快適生活のお手伝い

(1)恩を忘れず ロシアの子供たち800名を救出した陽明丸

今から100年前、ロシア革命で難民となった800名の子供たちを船に乗せて3ヶ月間、太平洋、大西洋を横断して親元に届けた日本人がいました。このことをほとんどの人は知りません。このことを調べて顕彰しようと動いた方、北室南苑さんはふとしたことでこの事実を知ることになりました。ロシアのとある古都で開かれた篆刻の個展で一人のロシア人の中年の女性から声を掛けられたのです。「あなたは室蘭と関係があるのでしょうか」石川県で生まれ育った北室さんは「いいえ」とそっけなく答えましたが、彼女(オルガさん)は「実はある人を探しています。話しを聞いてもらえませんか」といい、資料と共に話をされたことは概略以下のようなものでした。1920年ロシア革命後の混乱期、戦火を逃れてウラジオストックに800名の子供たちがいました。子供たちは陽明丸という船に乗って3ヶ月の大航海の末に無事両親の元に帰還したのです。子供たちにとって忘れられない思い出でした。その体験談は子孫に語り継がれていました。北室さんに声を掛けた女性の祖父母は、どこかの国のおとぎ話のようにその体験談を孫に話しをしたのです。話の中で度々出てきたカヤハラ船長の墓参りをして、助けていただいたお礼を子孫にしたいという願いでした。丁重にお断りするつもりでしたが、その真剣な眼差しに何かを感じた北室さんは、ホテルに帰って資料を見て、これは凄いことだと分かりました。先ず陽明丸を特定することでした。幸い大正時代に外国航路の大型船陽明丸にほぼ間違いないことが分りました。当時の船主の勝田さんに行きつき、さらに勝田さんは米国赤十字の「子供たちを助けてほしい」という依頼を受けて、貨物船だった陽明丸をわざわざ客室を設けた船に改造して救出に向かったことが分かったのです。この勝田さんは人望が厚く、後に神戸市長を二期務めています。カヤハラ船長については全く不明でした。幻のカヤハラ船長を探して丸2年。ある日突然にそれは海事海運関係の資料の中で発見されました。茅原基冶、岡山県笠岡市の原籍や住所も記されていました。茅原姓の方に片ッ端から電話しました。見ず知らずの方に電話するのは、かなりのプレッシャーのいることですが、幸い二件目の電話で突き止められたのです。「ああ、茅原基冶さんは私の遠縁で、外国航路の船長をしていました。基冶さんは子供がおられなんだけー、うちがお墓の管理しちょるんです」と。その1週間後、親族の同意を得てお墓参りをされています。ロシアの依頼主オルガさんにその朗報を電話で伝えました。しばらく沈黙が続いた後、「そう、本当に良かった。有り難う」と声を震わせながら感謝されました。それから3ヵ月後2011年10月オルガさんが来日し、親族や地元民が出迎る中、夢にまで見た茅原船長の墓参りを果たしたのです。後で分かったことですが、勝田さんにとってこの大航海は誰からも賞賛されることがないばかりか、かなりのリスクを伴うものだったことです。少し前までロシアとは砲火を交えた敵対国であり、人道支援であるにしろ非国民とのそしりを受ける可能性がありました。万一沈没でもすれば世界中から厳しくその責任を問われていたでしょう。勝田さんは自費で数千万円を支払っていたことが茅原船長の手記で明らかになっています。恵まれない社会的な弱者に慈父のように援助の手を差し伸べた人がいたことに痛く感動するとともに、日本人であることに誇りを感じました。

(2)まもるくん豆知識 猫への使用にご注意下さい。

最近分かったことですが、猫は代謝系にグルクロン酸抱合という解毒機能が備わっていないことが分かりましたので、猫への直接的な噴霧や餌への噴霧を避けてください。(詳細はHPを)